2009-11-25

Gallaratese Housings







ミラノに行ったとりあえずここに行くの通過儀礼。アルド・ロッシのガララテーゼ集合住宅。
ここに住みたくはないし、お手本にしたい建築家ではないけど、最近すごく気になるロッシ。

延々と続く列柱(機能的には無意味)。正方形に十字マリオンの窓。階段は階段らしく。手すりは手すりらしく。
“記憶”とか“夢”の建築家と言われるのが共感できる。でもこれに共感できるというのは不思議なもので、いつロッシの記憶と自分の記憶とがシンクロしたのか?
たとえば子供の描く絵に出てくるビルは四角くて、シンプルな窓が並んでいて、カーテンがあったり花が飾ってあったり、人影があったりする。僕も実際そんな絵を描いていた気がする。実際そんな建物見たことないのに!
実際には見たこのないのになぜかみんな共通で持っている建物のイメージを、ロッシは実際に作った。

それからこの住宅はここに住む人のために作られたというより、ここに人が住んでいる画を外側から見るためのに作られた感じがする。(実際、本などでも部屋の内観写真を見たことがない。)
これは舞台装置で、住人は役者。ここに住んでいるという設定さえあればよいから、住み心地なんて問う必要はない。

Sant'Andrea













ユニットトリップで北イタリアに行ってきました。(最近旅行したことしか書いてない。。。)
ミラノがメインで課題の敷地もそこなんですが、個人的に東へ旅して最後はヴェネチアまで。

ミラノとヴェネチアの中間あたりにあるマントヴァにあるサンタンドレア聖堂がいちばん印象深くて、これはもうこれまで見た大聖堂の中でいちばん好きだ。
うちの先生もお薦めしてたし、アルド・ロッシが本の中でこの大聖堂について言及してるので期待してたけど、それもさらに上回った。
イタリアに行ってもマントヴァなんてなかなか訪れないけど、おすすめです。
残念ながら正面ファサードとメインの祭壇が補修中だったし、死ぬまでにもう一度行きたい。

15世紀後半頃にLeon Battista Albertiの設計で建てられた、初期ルネッサンスの重要な建築で、古代ローマ建築の言語を用いている。
内部は大聖堂に一般的な側廊がなく、シンプルな十字型の平面。半円のヴォールト。量感を損なわない絶妙な凹凸の装飾。
プロポーションが完璧なのだろう。今まで感じたことのないほどの安定感があって、包まれるのがとても心地よい。

この王道の極みみたいな内部に対して、外観がとてもカオティックで、そのギャップがまたたまらん。
この巨大さにも関わらず街に完全に組み込まれてしまっていて全貌が見えない。
広場に面した側面には、1階が商店で上階が住居になった、この地方ではどこにでもある普通の建物がくっついちゃってる。
そのごちゃごちゃした建物に正面ファサードが貼り付き、ドームがのっかっている(ように見える)。
裏手に回ると全体の外観が掴めはするけど、仕上げはレンガで荒々しく、遺跡になりかけているような不思議な雰囲気。そしてまた住居っぽい建物がくっついている。
挙げ句の果てには鐘楼の1階には(ここがロンドンだとインド・バングラ系が経営していることであろう)普通のタバコ屋が入居している。なんだこの寛容さ!
この壮大な大聖堂がこれほど街と絡み合い一体化しているというのはかなり衝撃的。
内部の完璧を極めた荘厳さに対して、外部はまったく不完全で、時間に身を委ねてしまってる。まったく潔いではないか。
でもちゃんと顔である正面ファサードは保っているし、街に対して威厳と存在感はしっかりある。これは建築の一つの理想なんじゃないかと思った。

2009-10-02

2つの修道院

パリと南仏に行ってきました。
南仏での主な目的地はプロバンスの三姉妹と呼ばれる、三大シトー会修道院のうち2つ。(あと一つは時間がなく、またいつか、人生の後半にでも。。。)
2つともアクセスがめちゃ悪いですが、行きにくいほど巡礼し甲斐があるってもんです。



Abbaye du le Thoronet 










三姉妹の長女で、ロマネスクの最高傑作と言われている。
装飾がほとんどなくて簡素で無垢で抽象的で、建築の本質が現れている(などとよく言われる)。
装飾がゴテゴテの教会に見慣れてると、丸裸で未完成にすら見える。仕上げがなされる前のコンクリートみたいに。
石が黄色から赤色をしていて、そのマッシヴさもあって血の気の多い男らしい印象。
石のシャープなエッジとプレーンな面とで、量感がすごく力強い。

装飾のなさとかでは簡素で禁欲的と言えるけど、この力強さはむしろ誇大妄想的なんじゃないかと思う。石積みの精緻さという点では繊細さもあるけど、それよりも技術的には不器用で原始的で、古代の遺跡を見る印象に近い。洗練された到達点ではなくてあくまで原型。



Abbaye de Senanque








ル・トロネに比べると少し装飾づいてきている。それでもまだまだ簡素だが。
壁も少し薄く、石も白っぽくて女性的。
ル・トロネは完全に観光資源になってるけど、こっちはまだ現役の修道院で、そのせいかすごく静謐だった。
行ったらちょうどミサが始まった。純白のローブを着た僧たちが歌う賛美歌、というか読経がすばらしい。残響が信じられないくらいすごい。
最初に訪れたのがこっちってゆうのあるかもしれないけど、簡素な中にも程よく華のあるセナンクの方がどちらかというと好きだ。










セナンクに行く途中にあるゴルドの村。

2009-09-08

Kettle's Yard















ロンドンから電車で一時間ちょっと、ケンブリッジにあるKettle's Yardに行ってきました。
前に安積朋子さんのブログで紹介されてて、行くのが念願でした。
テート・ギャラリーのキュレーターを務めたりしたJim Edeという人の住んでいた家を一般に公開したもので、彼の交友関係を通じて集めたアートや世界各地からの収集品がさり気なく展示されている。ここでは展示という言葉はそぐわなかもしれない。
一流の現代アートから、アンティークの家具や生活雑貨、貝殻や石ころまでほんとに雑多なものが置かれていて、その人の趣味の良い生き様にほっこりする。あちこちにイスとかソファがたくさん置いてあって、それらに座ってくつろいでもよい。ほんとに人のお宅にお邪魔してる気分になる。何時間でもいれそう。住みたい。
ピアノの上にブランクーシとか、美術館にあったら見逃してしまいそうな小さな作品だけど、生活の場にぽつんと一つあるとその場の空気を変える存在感がある。ひょいと手に取って撫でてやりたくなる。人にってアートが何たるかを教えてくれる。ほとんどのアートは本来こうゆう場所にあるほうが幸せなのだろうと思う。