2011-03-29

V&A Outcome

http://www.malcolmreading.co.uk/vanda/shortlist/
Tony Frettonは勝利ならず。
期待してたのでとても残念だけど、選ばれたAmanda Levete案とはあまりにテイストが違うので悔しさも吹っ切れてしまう。ああそっち系が欲しかったのですかと。
どうせ全然違うテイストの案が選ばれるのなら、こっちがどれだけがんばっても無理だったんじゃないかとどうしても疑ってしまう。こんなこと思うのは大人げない気がしますけど。でもほんとにどれぐらい勝てる余地があったのだろう。公募のコンペならともかく、ショートリストに選ばれた案のテイストがこれだけ幅広いというのにはどういう意図があったのだろう。
どんな建築のコンペでも多かれ少なかれそのような性格があると思うけど、イギリスは他の国に比べても多様な建築家が集う場所なのでそれが余計に際立つ。そしてまたこの街は様々なカラーを受け入れる器の大きさがあると同時に、お互いへの無関心も進行している。というか無関心でないと多様さは成り立たないのだろうけど。
ちなみに審査員から簡単なコメントをもらったらしいけど、やはり地下への動線に疑問ありとのこと。でもそんな機能的なことはテイストの違いに比べたらただの口実のようなものでしょう。とはいえ、勝利案をはじめ他の案の内容は詳しくわからないので今の印象は表面的なものに過ぎませんが。

2011-03-20

One Week After



前回の投稿のあと、何度かまた震災にまつわること文章にしようと試みたが、どれもまとまらなかったのでその度に破棄した。日に日に死者は増え続け、原発の状況は収束を見せないし、あまりにも混沌とした情報に振り回されるために、僕の感情も揺れ動いた。
自分に無関係でない大きな何かを喪失したのだが、それがあまりに遠く、そのために全面的に接触できないでいると、恐ろしく扱いずらい感情が渦巻いてくる。実際に起こった出来事と、こちらでの実感の乖離が激しすぎる。どれだけ多くの情報に触れても、被災者やその関係者、停電で不便を強いられている人たちから僕は完全に隔たれていて、感情を共有することができないことが後ろめたい。情報として知っているだけで、結局なにも経験していないのだから仕方がないし、実感の伴わない悲しみをわざわざ捏造するようなことはしたくないけど、それにしてはあまりに多くのことを知り過ぎている。
たぶん人間はこうゆう乖離の有効な処理方法をまだ発見できていない。自分が経験したこと以外のことには無知、無関心でいるというのが本当はいちばん健康的なのだが、そうゆう生き方ができる世界はもうない。

2011-03-14

Far from Japan

ニュースに触れなければ普通の静かな週末。しかし自分の中の日本が騒ぎ立てるので、どうしても平穏な気分で過ごすことは出来ない。テレビ局の善意によってUSTREAMを通じてライブで日本のニュース番組を見ることができ、BBCなどでも常に報道しているので、遠くはなれたイギリスでも日本の非常事態に直に触れることができる。ネットのパイプがこれほど太く心強く感じられたことはない。でもそのせいで何も手につかないという弊害もあるが。こんな週末に限ってロンドンは天気が良い。
しかしそれらのニュース番組も、時間が経つにつれ同情を誘っているだけかのような報道が繰り返されるだけになってきてうんざりし始めた。(家族が行方不明になった少女が泣き叫ぶ様子を流して、こちらにどうしろと?)一瞬たりとも黙ってくれないテレビを断って、できるだけ静けさを取り戻そうと思う。僕が平穏に過ごしたからと言って誰かが困るわけでもない。これをとても幸いなことだと考える。僕の知る限り、身近な人が直接被害にあったということはないようだし、僕のような遠く離れた一般市民は何もしないで、静かに見守るということしかできない。そして平穏のありがたみを噛み締める。興味や同情を断ち切るのも簡単ではないが、必要なことはやるべき人たちが最善を尽くしてやってくれると信じている。
とはいえ、とりあえずBritish Red Crossを通じて、微々たる額だが募金をした。それでも少しは何かの役に立ち、こちらの無力感も収まるならば。僕にできることはほかに何かあるだろうか。

2011-03-04

V&A


V&Aのコンペ案が公開されましたね。
このコンペはロンドンのVictoria&Albert Museumのコートヤードに、新たにエントランスを設け、その地下に企画展示室を作るというもの。
働き始めたTony Fretton Architectsも参加していて、ぼくは日本から帰ってきた次の日から、プレゼン制作に少し関わることができました。
かなり重要なコンペなのに、必死こいてる感がじがまったくなく、何に対しても力みすぎないところがこの事務所のいいところ。たぶん。でもこの力を抜いた感じがこのコンペにはふさわしい気もします。

図面も見なきゃよくわからないけど(というか載せてよ)、他の案のイメージを見た限りでは、Fretton以外のほとんどはいかにして地下のギャラリーに人をスムーズに導くかというところに焦点があるようで、その流れをスペクタクルな空間に仕立てているのが目立つ。Fretton案はどちらかというとコートヤードを囲む既存のギャラリーとの自然なつながりを大事にしていて、新たに作るエレメントは最小限。既存の部分と同じモザイクタイルの床をコロネードにも地下にも使っていたりして、既存の建物をかなり尊重している。地下への垂直移動は一カ所にエスカレーターとエレベーターでまとめられていて、これが地味すぎて空間的に他のより見劣りしそうなのが心配。
あと、Guardianの記事のコメントにある、”Tony Fretton's glazed colonnade will look great covered in pigeon-pooh”というブリティッシュジョークは真摯に受け止めなければ。これについては事務所の同僚も以前「パースに鳩の糞を描きこんだら?」と皮肉っていて、どうやらイギリス人の思考回路ではガラスの屋根と鳩の糞はわりと自然と結びつくものらしい。
ちなみに、上の画像は前回のプロポーザルで提出したもで、今回のと基本は同じ。(ネットで拾ったもので、リークではないですよ。)

おとといV&Aの人が事務所訪問に来てました。彼らは先週は日本に行ったと小耳に挟んだので、青木事務所にも訪れたのだと思います。そのリサーチの熱心さに脱帽。こうなると、選抜の判断材料としては、提出されたデザイン案もさることながら、その建築家のすべて、人柄、過去の作品などの比重もかなり大きくなるでしょうね。

もうすぐ審査員を前にした最終プレゼンがあるみたいです。結果が楽しみ。